世代で異なる「家族」の価値観:背景を知り、相互理解を深めるヒント
はじめに:多様化する家族観と世代間ギャップ
私たちは皆、何らかの形で「家族」と関わりながら生きています。しかし、「家族とはこうあるべき」「家族なのだから当然こうするだろう」といった考え方は、世代によって大きく異なることがあります。職場での人間関係と同様に、家庭においても、親子の間や兄弟姉妹の間、あるいは親戚同士の間で、この家族観の違いが戸惑いや摩擦の原因となることは少なくありません。
なぜ、世代によって家族に対する価値観がこれほどまでに異なるのでしょうか。それは、それぞれの世代が生きてきた時代背景や社会環境が、家族のあり方や役割に対する考え方に大きな影響を与えているからです。本記事では、世代ごとの家族観の特徴と、それが形成された時代背景を掘り下げ、世代間の相互理解を深めるためのヒントを探ります。
世代によって異なる家族観とその背景
家族に対する価値観は、その人が育った社会状況、経済状態、そして利用できた情報環境など、様々な要因によって形作られます。ここでは、いくつかの世代に分けて、その家族観の特徴と背景を見ていきましょう。
かつての「標準」とされた家族観:高度経済成長期以前〜バブル期
この頃に青春時代や働き盛りの時期を過ごされた世代(概ね60代以上の方々)にとって、家族は「家」という枠組みの中に位置づけられ、強い絆や共同体意識が重視される傾向がありました。
- 時代背景: 高度経済成長、終身雇用制度、年功序列、専業主婦モデルの一般化、核家族化の進行、テレビの普及。
- 家族観の特徴:
- 家父長制や家制度の名残: 戸籍上の「家」を重んじ、家業の継承や長男の役割などが強く意識されました。
- 扶養・被扶養の関係: 夫(父親)が大黒柱として家族を経済的に支え、妻(母親)が家庭を守るという役割分担が一般的でした。親は子を育て、子は親の老後をみるという相互扶養の意識も比較的強固でした。
- 共同体意識: 家族は困難を共に乗り越える共同体であり、個人の希望よりも家族全体の安定や体面が優先される場面もありました。
- 保守的な価値観: 結婚や出産、子育てに関する伝統的な価値観が根強くありました。
もちろん、この世代内にも多様性はありますが、社会全体としてはこのような価値観が「標準」と見なされやすい時代でした。
変化の波に揉まれた世代:バブル崩壊後〜2000年代
この時期に社会人となった世代(概ね40代後半〜50代)は、上の世代の価値観と、その後の社会の変化の狭間で揺れ動いてきました。
- 時代背景: バブル崩壊、リストラや終身雇用の崩壊、非正規雇用の増加、共働き世帯の増加、少子化の加速、阪神・淡路大震災や東日本大震災などの社会的な危機、インターネットの普及初期。
- 家族観の特徴:
- 経済的不安: 経済の不安定化により、一家の大黒柱としてのプレッシャーが増す一方、共働きをせざるを得ない状況が増えました。
- 理想と現実のギャップ: 自身が育った家庭環境(専業主婦モデルなど)と、現実の社会状況(共働き前提、育児・介護問題など)との間で、家族のあり方に悩むことが増えました。
- 「個」の意識の萌芽: 上の世代と比べ、個人の価値観や幸福も尊重されるべきだという考え方が少しずつ広まりました。
- 親世代との価値観のずれ: 親が持つ「当然」とする家族のあり方(同居、介護など)と自分たちの考え方との間で葛藤が生じやすくなりました。
この世代は、上の世代の家族観も理解できる部分がありつつ、社会の変化を受けて新しい家族の形を模索せざるを得なかったと言えます。
新しい時代の家族観:2000年代以降の若い世代
現在、社会の中心となりつつある、あるいはこれから担っていく若い世代(概ね40代前半以下)の家族観は、さらに多様化が進んでいます。
- 時代背景: デフレ経済の長期化、グローバル化の進展、情報過多社会(インターネット・SNSの浸透)、価値観の多様化、非婚化・晩婚化、共働き世帯の一般化、選択的夫婦別姓や同性婚など家族の多様性に関する議論の活発化。
- 家族観の特徴:
- 「家」よりも「個」の尊重: 家系や体面よりも、家族を構成する一人ひとりの幸せや自己実現が重要視される傾向が強くなっています。
- 対等なパートナーシップ: 結婚の形も多様化し、夫婦間、あるいは親子間でもより対等な関係性を求める意識が強いです。家事・育児・介護は特定の性別や世代に偏らず、協力して行うべきだという考え方が浸透しています。
- 多様な家族形態の容認: 結婚という形にこだわらない事実婚や、子供を持たない選択(DINKs)、単身でいることへの抵抗のなさなど、多様なライフスタイルとしての家族観が広がっています。
- 精神的な支えとしての家族: 経済的扶養というよりも、精神的なつながりや安心できる居場所として家族を捉える側面が強調されます。SNSなどで離れて暮らす家族とも日常的にコミュニケーションをとることが可能です。
- 将来への不確実性への対応: 経済や社会保障に対する不安から、親世代が経験したような「安定した家族を持つ」というモデルを描きにくいと感じる人もいます。
これらの若い世代にとって、かつての「標準的な家族像」は必ずしも唯一の正解ではありません。多様な価値観の中から、自分たちにとって最適な家族の形を選択しようとしています。
世代間ギャップが生む具体的な場面と相互理解のヒント
家族観の違いは、日常生活の様々な場面で顔を出します。例えば、以下のような状況で戸惑いを感じるかもしれません。
- 結婚や出産について: 「早く結婚して孫の顔を見せてほしい」と言う親世代に対し、「結婚は人生の必須イベントではない」「子供を持つかは夫婦で決めたい」と考える子世代。
- 親との関係や介護: 「将来は子供と同居したい・子供に見てもらいたい」と思う親世代に対し、「自分たちの生活がある」「専門家の力を借りたい」と考える子世代。
- お金や財産: 「家族の財産は家族で守るべき」という考えと、「個人の財産は自由に使って良い」という考えの対立。
- 冠婚葬祭やお墓: 「先祖代々のお墓を守るのが務め」という考えと、「お墓は持たず散骨を選びたい」という考え。
- 家族内の役割: 「夫は仕事、妻は家庭」という固定観念と、「共働きで家事育児も分担」という考え方の違い。
こうしたギャップに対して、相互理解を深めるためにはどうすれば良いでしょうか。
- 相手の「当たり前」の背景を知る努力をする: なぜ相手がそう考えるのか、その根底にある時代背景や社会状況、そしてその人が経験してきたことを理解しようと努める姿勢が重要です。「今の若い者は…」「私たちの頃は…」と一方的に決めつけるのではなく、「あの時代はそういう考え方が一般的だったのだな」「こういう経験をしてきたから、こういう考えになったのかもしれないな」と想像力を働かせてみましょう。
- 多様な家族の形があることを認める: 自分の知っている家族の形や価値観が全てではありません。一人暮らし、事実婚、子なし夫婦、ステップファミリー、同性パートナーなど、様々な形があり、それぞれに幸せの形があります。どの形が優れている、劣っているということはありません。
- 対話を通じて本音を伝え合う: 沈黙したり、感情的にぶつかったりするのではなく、落ち着いて話し合う時間を持ちましょう。自分の考えや期待を正直に伝えるとともに、相手の気持ちや考えも丁寧に聞く姿勢が大切です。なぜそのように考えたのか、その背景にある理由を説明することで、誤解が解けることもあります。
- 「家族だから」という理由で一方的に決めつけない: 「家族なのだから言わなくてもわかるだろう」「家族なのだからこうすべきだ」といった考えは、しばしば摩擦を生みます。家族であっても一人の人間として尊重し、丁寧にコミュニケーションをとることが不可欠です。
- 経験を伝える際は「押し付け」にならないよう工夫する: ご自身の経験を若い世代に伝えることは素晴らしいことですが、「私の時代はこうだったから、あなたもこうすべきだ」という形になると、反発を生みやすくなります。「私はあの時こう考えたよ」「こんな失敗をしたけれど、そこからこんなことを学んだよ」といったように、ご自身の考えや感情、学びを「共有する」というスタンスで話してみましょう。そして、相手の考えや状況も尋ね、耳を傾けることで、建設的な対話が生まれます。
まとめ:家族観の違いを理解し、共に未来を築く
世代間の家族観の違いは、避けて通れない自然な現象です。それは、それぞれの世代が異なる社会の中で、異なる経験を積み重ねてきた結果として生まれるものです。この違いを単なる「世代間ギャップ」として嘆くのではなく、多様な価値観が存在することを理解し、それぞれの背景にあるストーリーを知ることで、相互の理解を深めることができます。
家族は時代と共にその形やあり方を変えていきます。過去の価値観を否定する必要はありませんし、新しい価値観を全て受け入れる必要もありません。大切なのは、お互いを尊重し、対話を通じて歩み寄り、それぞれの世代が納得できる、その家族にとって最も良い形を共に見つけていくことです。
この記事が、読者の皆様がご家族との関係において、世代間の理解を深め、より豊かなコミュニケーションを築くための一助となれば幸いです。