世代で異なる「リスク・安定性」の価値観:背景を知り、相互理解を深めるヒント
はじめに
私たちは日々の生活や仕事の中で、様々な判断を下しています。その判断には、無意識のうちに「何をもって安定とするか」「どの程度のリスクなら許容できるか」といった個人の価値観が影響しています。そして、この「リスク」や「安定性」に対する価値観は、育ってきた時代背景や経験によって、世代間で大きく異なることがあります。
職場や家庭で、若い世代の「安定よりも変化を求める姿勢」や「思わぬリスクを取るように見える行動」に戸惑ったり、逆に自身の「堅実さを重視する考え方」が理解されにくいと感じたりすることもあるかもしれません。こうした世代間の価値観の違いは、単に個人の性格によるものではなく、それぞれの世代が経験してきた社会経済状況や技術発展が深く関わっています。
この記事では、世代ごとの「リスク・安定性」に対する価値観の違いがどのように生まれ、どのような背景があるのかを解説します。そして、これらの違いを理解し、世代間でより良い相互理解を深めるための具体的なヒントを探ります。
世代で異なる「リスク・安定性」の価値観:その背景にある時代
世代間の価値観の違いを理解するためには、それぞれの世代がどのような時代を生きてきたのかを知ることが不可欠です。
経験した時代が価値観を形作る
現在50代後半以上の世代(概ねバブル経済期以前に社会に出た世代)は、多くの場合、終身雇用制度が当たり前であり、一つの企業に長く勤めることが安定した人生を送るための王道とされていました。経済も右肩上がりが続き、努力すれば報われる、という確信が共有されていた時代です。
このような時代においては、「大きな組織の一員として昇進し、定年まで勤め上げること」「持ち家を持つこと」などが安定の象徴でした。リスクとしては、「会社を辞めること」「不安定な職に就くこと」などが挙げられ、これらは避けるべきものと考えられてきました。したがって、この世代には、組織への忠誠心や堅実さを重視し、変化や未知への挑戦には比較的慎重になる傾向が見られます。石橋を叩いて渡る、あるいは渡らないという考え方が、合理的な選択として広く受け入れられていたと言えるでしょう。
一方、現在30代、40代を中心とする世代は、バブル崩壊後、失われた数十年と呼ばれる経済の停滞期に社会に出たり、キャリアを積んできた人が多くいます。リーマンショックや東日本大震災、そして新型コロナウイルスのパンデミックなど、予期せぬ大きな社会の変化を経験しています。終身雇用や年功序列といった従来の雇用慣行が崩壊し、非正規雇用の増加や雇用の流動化が進みました。
このような環境で育った世代は、「一つの組織に依存すること自体がリスクになりうる」という感覚を強く持っています。組織の安定よりも、「自分自身の市場価値を高めること」「複数のスキルを持つこと」「多様な働き方や収入源を確保すること」などが、かえってリスクを分散し、不安定な時代を生き抜くための安定策だと考える傾向があります。転職や副業、リモートワークといった働き方、あるいは資産運用への積極性なども、こうした価値観の現れと言えます。この世代には、変化への適応力や自己投資を重視し、組織への依存度を低くする形で安定を求める傾向が見られます。
デジタル化と価値観の変化
さらに、デジタル技術の発展も価値観に大きな影響を与えています。若い世代ほど、インターネットを通じて瞬時に大量の情報にアクセスでき、多様な価値観や生き方に触れる機会が増えています。これにより、従来の「当たり前」にとらわれず、自分にとって最適な道を選択しようとする意識が強まっています。
世代間相互理解のためのヒント
このように、世代による「リスク・安定性」の価値観の違いは、それぞれの時代を生き抜く中で培われた知恵や戦略に基づいています。どちらが正しく、どちらが間違っているという性質のものではありません。この違いを理解し、より良い関係を築くためには、いくつかの点に留意することが重要です。
- 相手の「なぜ」を想像する、あるいは尋ねてみる:
- 若い世代の「安定しないように見える」行動(例:頻繁な転職、副業への挑戦)に対して、「なぜそうするのだろうか?」と、その背景にある考え方や目的を想像してみましょう。単に計画性がないのではなく、「一つの会社に縛られるリスク」や「自己成長への投資」「複数の収入源確保による安定」といった異なる安定の定義に基づいているのかもしれません。
- 逆に、自身の「堅実な道を選ぶ考え方」を伝える際には、「なぜ私は安定を重視するのか」「なぜ当時の私はそう判断したのか」という、ご自身の経験に基づいた背景や理由を丁寧に説明すると、若い世代も理解しやすくなります。
- 自身の経験を「一つの選択肢」として共有する:
- 「私たちの頃は、こうするのが当たり前で一番安定していた」という一方的な言い方ではなく、「私が社会に出た頃は、このような状況だったから、この道を選ぶのがリスクが少なく、将来が安定すると考えられていたんだ。当時はこういうメリットがあったよ」というように、あくまで「過去の時代における一つの有効な選択肢・経験談」として話してみましょう。
- その上で、「今の時代は、あの頃とは状況が違うから、また違う安定の形があるのかもしれないね」と、相手の価値観や置かれている状況への理解を示す姿勢が大切です。
- 新しい時代の「安定」から学ぶ姿勢を持つ:
- 若い世代がリスクを取るように見える行動の中には、不安定な時代を生き抜くための新しい知恵や戦略が含まれている可能性があります。例えば、積極的にスキルを習得したり、多様なコミュニティに参加したりすることは、組織に依存しない個人の安定性を高めることにつながります。
- 彼らの価値観や行動から、現代におけるリスクヘッジやキャリア形成の新たなアプローチについて、学ぶべき点があるかもしれません。
- 対話を重視する:
- 価値観の違いを埋める最も効果的な方法は、オープンな対話です。互いの考えや、なぜそう考えるに至ったのかの背景を率直に話し合うことで、表面的な行動の違いだけでなく、その根底にある意図や感情を理解することができます。
- 批判や評価ではなく、「あなたの考えを聞かせてほしい」「私の経験を話したい」という姿勢で臨むことが重要です。
おわりに
世代ごとの「リスク・安定性」に対する価値観の違いは、それぞれの世代が直面してきた社会の変化への適応の結果であり、それぞれの時代のリアリティを反映しています。これらの違いを理解することは、世代間の摩擦を減らし、より円滑なコミュニケーションを築くための重要な第一歩です。
相手の価値観の背景にある時代に思いを馳せ、自身の経験を一方的に押し付けるのではなく、対話を通じて互いの考えを知ろうと努めることで、世代を超えた相互理解と尊敬の関係を育むことができるでしょう。そして、それは職場における協力体制の強化や、家庭におけるより良い関係構築にも繋がるはずです。
この記事が、世代間の「リスク・安定性」に関する価値観の違いへの理解を深め、建設的な対話のきっかけとなれば幸いです。