世代で異なる「昇進・キャリアアップ」の価値観:背景を知り、相互理解を深めるヒント
はじめに
職場や地域社会で、若い世代との関わりに戸惑いを感じることはないでしょうか。特に「働くこと」や「出世」に対する考え方の違いは、時として世代間の摩擦を生む原因となることがあります。私たちにとって当たり前だった「組織の中で役職を上げていくこと」が、必ずしも若い世代にとっての第一の目標ではないと感じる場面もあるかもしれません。
しかし、こうした価値観の違いは、どちらかが正しい、間違っているという単純なものではありません。それぞれの価値観は、その人が生きてきた時代の社会状況や経済環境、教育、技術の発展など、様々な背景によって形作られています。この背景を理解することで、世代間のギャップに対する見方が変わり、より建設的な相互理解への道が開けるはずです。
本記事では、世代によって異なる「昇進・キャリアアップ」への価値観が、どのような時代背景から生まれたのかを紐解き、その違いを理解した上で、相互理解を深めるための具体的なヒントや、自身の経験を若い世代に伝える際の視点について考えていきます。
「昇進・キャリアアップ」に対する価値観の変遷と時代背景
かつて、多くの日本人にとって「昇進」や「出世」は、安定した生活、社会的な成功、そして組織への貢献を具体的に示す重要な指標でした。特に高度経済成長期を経てバブル期にかけての時代は、多くの企業で年功序列と終身雇用が一般的であり、長く勤め、階段を上るように昇進していくことが、多くの人々のキャリアパスの理想形でした。
この時代背景には、以下のような要素がありました。
- 経済の持続的成長: 右肩上がりの経済状況が続き、企業の業績が伸びる中で、社員を長期雇用し、昇給・昇進で報いることが可能でした。
- 年功序列と終身雇用: 組織への忠誠心と勤続年数に応じて地位や給与が上がるシステムが確立しており、長期的なキャリア形成の安心感がありました。
- 組織中心の社会: 個人のアイデンティティが会社に強く結びついており、会社への貢献や組織内での地位向上が重視されました。
しかし、「失われた20年」以降、状況は大きく変化しました。経済は停滞し、グローバル化や技術革新が進む中で、企業の経営環境は厳しさを増しました。これに伴い、雇用システムも変化していきました。
- 成果主義の導入: 年齢や勤続年数だけでなく、個人の成果や能力をより重視する評価制度が広まりました。
- 雇用の多様化: 非正規雇用が増加し、転職も一般的になるなど、一つの会社に長く勤めるというキャリアパスが必ずしも主流ではなくなりました。
- テクノロジーの進化: インターネットやスマートフォンの普及により、個人が多様な情報にアクセスし、会社以外のコミュニティや働き方を知る機会が増えました。
- 社会価値観の変化: ワーク・ライフ・バランスを重視する考え方や、多様な働き方・生き方を尊重する価値観が広まりました。
こうした変化を経て、若い世代の「昇進・キャリアアップ」に対する価値観は多様化しています。組織内での地位向上を目指す人もいますが、それだけが全てではありません。自身のスキルアップ、専門性の追求、独立・起業、社会貢献、あるいはプライベートの充実との両立など、キャリアの目標は多岐にわたるようになっています。
世代間ギャップの具体例と背景にある価値観
「昇進」や「出世」に対する考え方における世代間ギャップは、様々な場面で現れます。
- 管理職への意欲: かつての世代では、管理職になることが当然の目標と見なされる傾向がありましたが、若い世代の中には、管理職の責任や長時間労働を避けたい、あるいはプレイヤーとして専門性を極めたいと考える人も少なくありません。これは、仕事だけでなくプライベートも充実させたいというワーク・ライフ・バランス重視の価値観や、スペシャリストとしてのキャリアパスがより評価されるようになった背景があります。
- 会社への貢献と自己成長: 上の世代は、会社への忠誠心や組織全体の目標達成に貢献することに重きを置く傾向がありますが、若い世代は、会社への貢献と同じくらいか、それ以上に自身の成長やスキルアップを重視することがあります。これは、雇用の流動化が進み、会社に依存するのではなく、自身の市場価値を高めることがキャリアの安定につながると考える現実的な価値観に基づいています。
- 長期的なキャリアプランと短期的な目標: 長期的な視点で会社の将来を見据え、階段を上るようにキャリアを築くことを重視する世代に対し、若い世代は、数年後の自分の姿をより明確にイメージし、短期的な目標達成や、自身の興味・関心に基づいたキャリア選択を重視する傾向があります。これは、変化の速い時代において、長期的な計画よりも柔軟性や適応力を重視する姿勢の表れとも言えます。
これらの違いは、どちらの価値観が優れているということではなく、それぞれが異なる時代背景の中で、それぞれの世代にとって合理的かつ自然な形で形成されたものです。
相互理解を深めるためのヒント
世代間の「昇進・キャリアアップ」への価値観の違いを理解し、相互理解を深めるためには、以下の点が有効です。
- 相手の価値観の「なぜ」に関心を持つ: 相手の言動や考え方を単に「今の若い者は」「自分たちの頃は」と否定的に捉えるのではなく、「なぜそのように考えるのだろうか?」「どのような経験や情報からそのような価値観が生まれたのだろうか?」と好奇心を持って関心を持つことが第一歩です。
- 対話を通じて背景を共有する: お互いのキャリアに対する考え方や、それを形作った経験、例えば社会に出た頃の経済状況や仕事を取り巻く環境について、率直に話し合う機会を持つことです。これにより、相手の価値観が個人的なワガママではなく、一定の背景に基づいていることを理解できます。
- 自身の経験を「絶対の正解」として押し付けない: 自身の成功体験やキャリア論を話す際には、それが「自分が生きてきた時代、環境における一つの選択肢であり、有効だった方法」であることを明確に伝え、現在の多様な状況における「絶対の正解」として提示しないことが重要です。
- 多様な貢献の形を認める: 昇進という形だけでなく、専門性を高めること、新しい技術を学ぶこと、チーム内の人間関係を円滑にすることなど、様々な形での組織への貢献やキャリアアップの可能性を認め、評価する視点を持つことです。
- 共通の目標を見出す: 最終的には、所属する組織やチームとしての共通の目標にどう貢献していくか、という視点に立ち返ることが重要です。異なる価値観を持つ人々が、それぞれの強みやモチベーションを生かして、一つの目標に向かって協力する方法を共に探ることができます。
自身の経験を新しい世代に伝えるための視点
長いキャリアの中で培ってきた経験や知見は、新しい世代にとって貴重な財産となり得ます。しかし、それを効果的に伝えるには工夫が必要です。
- 時代背景を明確に伝える: 自身の経験談を語る際に、「当時はこういう時代で、社会や会社はこうだったから、このような考え方や行動が有効だった」というように、その背景となった時代状況を具体的に説明することです。これにより、若い世代は、単なる昔話としてではなく、時代の違いを理解した上で、現代に応用できる知恵として受け止めやすくなります。
- 成功だけでなく失敗や困難も共有する: 成功体験だけでなく、どのような失敗をし、それをどう乗り越えたのか、どのような困難に直面し、そこから何を学んだのかというプロセスを共有することは、より具体的で共感を呼びやすく、若い世代が直面するであろう課題への示唆となります。
- 一方的なアドバイスではなく、問いかけを投げかける: 「こうするべきだ」と一方的に指示するのではなく、「あなたならこの状況でどう考えるか?」「私の場合、〇〇だったが、現代ではどうだろうか?」など、問いかけを通じて若い世代自身の考えを引き出すことを意識します。これにより、彼らが主体的に考え、自身のキャリアについて深く掘り下げるきっかけを与えることができます。
- 「なぜ」を深く語る: 単に「昔はこうだった」と言うだけでなく、「なぜそのとき自分はそう考え、そう行動したのか」という、その行動の裏にある自身の価値観や動機を深く語ることで、若い世代はあなたの人間性や経験から本質的な学びを得ることができます。
まとめ
世代によって「昇進・キャリアアップ」に対する価値観が異なるのは、それぞれの時代背景や社会環境の中で、働くことや生きることに対する考え方が異なってきた結果です。どちらかの価値観が優れているというわけではなく、それぞれの多様性を理解し、尊重することが、世代間の相互理解を深める上で不可欠です。
自身の経験を伝える際も、一方的な価値観の押し付けではなく、時代背景を踏まえた上での「一つの視点」として提示し、若い世代自身の考えを引き出すような対話を心がけることが重要です。
違いを認め、背景を理解しようと努める姿勢は、世代を超えた信頼関係を築き、共に働く組織や社会全体をより豊かにしていく力となります。この記事が、世代間の「昇進・キャリアアップ」への価値観の違いを理解し、建設的な対話を進める一助となれば幸いです。