世代で異なる「ハラスメント・コンプライアンス」の価値観:背景を理解し、相互理解を深めるために
はじめに:職場で見られる「ハラスメント・コンプライアンス」に関する世代間ギャップ
職場で「最近の若い世代は、少し厳しく指導しただけで『パワハラだ』と言う」「昔は当たり前だったことが、今はすぐに『問題だ』と言われる」と感じることはありませんでしょうか。あるいは、「なぜこの言動が問題視されるのか、どうにも納得できない」と感じることもあるかもしれません。
これは、個人の性格や認識の違いだけでなく、私たちがそれぞれの時代背景の中で形成してきた「ハラスメント」や「コンプライアンス(法令遵守や倫理規定)」に対する価値観、つまり「何が問題となるか」「どこまでが許容範囲か」といった意識が、世代によって異なっているために起こることが少なくありません。
本記事では、なぜ世代によってハラスメントやコンプライアンスに関する意識が異なるのか、その背景にある時代的な要因を探り、職場などで世代間の相互理解を深め、より良い関係性を築くためのヒントをご提案いたします。
世代ごとの「ハラスメント・コンプライアンス意識」形成に関わる時代背景
世代によってハラスメントやコンプライアンスに対する意識が異なるのは、それぞれの世代が社会人として歩み始めた時期や、その後の社会構造、経済状況、法整備、情報環境などが大きく影響しているからです。
過去の世代(現在の50代後半以上など)の社会人経験と意識
高度経済成長期からバブル期、そしてその崩壊を経て社会人生活を送ってきた世代は、以下のような時代背景を経験しています。
- 経済成長と企業文化: 「会社のため」「組織のため」といった目的が強く、多少の無理や厳しい指導は当たり前とされがちな企業文化が根付いていました。経済的な成功が優先され、個人の権利や労働環境への配慮は今ほど重視されなかった側面があります。
- 情報環境と社会の目: 情報の伝達手段が限定的であり、組織内の問題が外部に知られる機会が少なかったため、内部のルールや慣習が社会的な規範よりも優先されがちでした。ハラスメントという概念や言葉自体が広く知られていませんでした。
- 法整備と教育: 現在ほどハラスメント防止に関する法整備が進んでおらず、学校教育や社会教育でコンプライアンスや人権に関する意識を高く持つ機会が少なかったと言えます。
こうした背景から、「仕事だから多少のことは我慢すべき」「組織の和を乱さないことが重要」「厳しさも愛情表現の一つ」といった価値観や、「上司の言うことは絶対」「飲みニケーションも仕事のうち」といった規範意識が自然と醸成されてきたと考えられます。
若い世代(現在の30代以下など)の社会人経験と意識
バブル崩壊後、経済の停滞、非正規雇用の増加、グローバル化、情報化社会の進展、そして近年ではパンデミックなどを経験してきた世代は、以下のような時代背景の中で育ち、社会に出ています。
- 「失われた〇十年」とキャリア観: 終身雇用神話が崩壊し、企業への忠誠心よりも個人のキャリア形成やワークライフバランスを重視する傾向が強まっています。組織の不祥事やリストラを目の当たりにする機会が多く、企業や組織に対する絶対的な信頼よりも、自身の権利や身の安全を守る意識が高まっています。
- 情報化社会と透明性: インターネットやSNSの普及により、個人が自由に情報を発信・収集できるようになり、組織内の問題も瞬時に拡散される可能性があります。社会全体で「可視化」「透明性」が求められるようになり、不正や不適切な言動への監視の目が厳しくなっています。
- 人権意識の高まりと多様性の尊重: 国際的な潮流や教育の変化により、ハラスメント、差別、多様性、人権に関する意識が非常に高くなっています。パワハラ、セクハラ、モラハラといった言葉が一般化し、これらの問題に対する社会全体の感度が高まっています。労働契約法改正によるパワハラ防止の義務化など、法整備も進んでいます。
- メンタルヘルスへの配慮: メンタルヘルス不調が社会的な課題として認識され、過度なストレスや精神的な負担を与える言動は問題視されるべきであるという意識が広まっています。
こうした背景から、「自身の心身の健康が最優先」「不合理な慣習には従う必要はない」「権利を主張するのは当然」「ハラスメントは絶対にあってはならないこと」といった価値観や、「倫理的に正しいか」「社会的に許容されるか」といった基準で物事を判断する傾向が強まっていると考えられます。
相互理解を深めるための具体的なヒント
世代による意識の違いがあることを前提とすれば、頭ごなしに相手の価値観を否定したり、「最近の若い者は」「昔はこうだった」と一方的に主張したりするだけでは、溝は深まるばかりです。相互理解のためには、意識的な歩み寄りが必要です。
1. 相手の「なぜ」に関心を寄せる
まず重要なのは、「なぜ相手はそのように感じたり、行動したりするのだろうか」という問いを持ち、その背景にある価値観や経験に関心を寄せることです。「自分の当たり前」と「相手の当たり前」が異なる可能性があることを認識し、相手の視点から物事を見てみようと努める姿勢が相互理解の第一歩となります。
2. コミュニケーションの質を見直す
- 一方的なコミュニケーションの回避: 自分の考えや経験を伝える際も、一方的に話し続けるのではなく、相手の話に耳を傾け、反応をよく見ることが大切です。質問を投げかけ、相手の考えを引き出すように努めましょう。
- 言葉遣いとトーン: 厳しい指導や注意が必要な場面でも、人格を否定するような言葉や感情的な言い回しは避け、具体的な事実に即して伝えるように心がけます。威圧的な態度ではなく、落ち着いたトーンで話すことで、相手に安心感を与え、話を聞き入れてもらいやすくなります。
- 非言語コミュニケーション: 相手の目を見て話す、適切な相槌を打つなど、言葉以外の部分でも尊重の姿勢を示すことが重要です。
3. 自身の経験を「示唆」として伝える
豊富な経験は貴重な財産です。しかし、それを若い世代に伝える際には、「こうすべきだ」「私の時代はこうだった」と指示や押し付けのように聞こえない工夫が必要です。
- 「私はこう考えて、こう行動した結果、このような学びがありました」 のように、主語を自分にし、経験から得た「示唆」として伝える形式をとります。
- 成功談だけでなく、失敗談やそこからどう立て直したか を語ることも有効です。完璧ではない人間的な側面を見せることで、共感や親近感が生まれやすくなります。
- 「もしあなたが同じような状況になったら、私の経験も一つの考え方として参考にしてみてください。他にどんな選択肢があるか、一緒に考えてみましょうか?」のように、相手に考える余地を与え、対話を促す 形で伝えると、受け入れられやすくなります。
4. ハラスメント・コンプライアンスの「現在地」を学ぶ
社会の規範や企業のルールは常に変化しています。過去の経験や価値観に固執せず、現在何が問題とされ、どのような言動が求められているのかを積極的に学ぶ姿勢も重要です。企業が実施するハラスメント研修やコンプライアンス研修があれば、真摯に参加し、最新の知識をアップデートしましょう。インターネットや書籍で情報を収集するのも良いでしょう。
終わりに:違いを理解し、共に成長する関係へ
世代によるハラスメントやコンプライアンスに関する意識の違いは、どちらかが正しく、どちらかが間違っているという単純なものではありません。それぞれの時代背景の中で、社会が重視してきたことや、個人が身につけてきた規範意識が異なっているだけです。
この違いを認め、お互いの背景にあるものを理解しようと努めることで、不要な摩擦を減らし、より風通しの良い建設的な関係性を築くことが可能になります。自身の豊富な経験を若い世代に伝える際も、一方的な知識の伝達ではなく、お互いの価値観や経験を尊重しながら対話する中で、新しい時代の「当たり前」を共に学び、共に成長していく姿勢が、これからの職場には求められているのではないでしょうか。